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2005年11月26日
そもそも週休二日とは

1987年、私が社会人になった年にはまだ週休二日制は浸透していなかった。
私が所属していた会社も上場に向け隔週週休二日に変更をし始めたところであり、公立学校においては週休二日など考えられもしなかった。
しかし1990年ごろから日教組の活動が活発したことを記憶している。
2002年に公立学校の完全週休二日制が実施された際、日教組は高らかに勝利宣言をした。
これは大人の勝手な理論でしかないと考えられる。
そもそも週休二日とはどうして行われたのかを考えてみる。
1987年後半から始まった日本のバブル経済は、世界の富を独占するのではないかと、欧米は危機感を抱いたのだろう。
日本人は働きすぎであるとし、欧米の「ゆとりのある社会生活」を見習えと、週休二日制度と長期の休暇制度、育児休暇制度などを紹介し始めたのである。
収入にも余裕の出てきたバブルに浮かれた日本人は「俺達は働きすぎだ!」と仕事を放り出し、余暇を楽しみ始めたのである。
その余暇と言うのも、本来働いていた土曜日を休日にしたおかげでできたのであるが・・・
全ての週休二日を否定するものではないが、今の日本人は実は「働かなさすぎ」と言っても過言ではないと思われる。
欧米はバブル時代の日本に働きすぎと宣言しておきながら、日本の経済と構造を徹底的に研究し、実は労働実態においては、1990年代と2000年代では収入の増えている人・・・つまりは経営層について、業務の時間が増えていると、NYやLA在住の日本人や現地人が証言をしてくれている。
日本人の勤勉さを学んだと言うのであるが、彼ら曰く「今の日本人はあの勤勉さがなくなっている」と評するのである。
米国東海岸にある某製薬会社の専務は「日本の経営者は、なんであんなに働かないのだ?」と言うほどなのである。
彼は誰よりも早く出社し、会社の業務に従事し、遅くに帰宅すると言うのである。
それがトップの役割であり、従業員へのメッセージにもなると言うのである。
経営者が勤勉であればあるほど、スタッフにもその勤勉さが伝わると言うものである。
バブル華やかしき頃、会社人間と言う言葉が嫌われたのであるが、彼らはまさしく会社人間なのである。
いいか悪いかは別として、それだけ働いて会社の業績を上げているのだから、数億円の収入などは当たり前であると言う。
ちなみに彼はユダヤ系であり、その勤勉さと金儲けにおけるキレは素晴らしいものがあるのだが、1980年代までの日本人の勤勉さと、労働者の質の良さには感嘆していたそうである。
少々内容がそれている・・・
さて何が言いたかったかというと、日本人の良さであった勤勉さが、週休二日などによってなくなりつつあるということである。
欧米に騙されたと思う人もいるかもしれないが、そんなのは日本人の責任であり、ゆとりを履き違えた大人が悪いのである。
全てが週休二日にあるとは言わないのであるが、大きな原因になっていることは間違いないであろう。
年間労働時間1800時間、週35時間労働など、全てまやかしであったのである。
労働時間が(効率が変化しなければ)減少すれば、当たり前に収入も減じるのであるが、週に二日も休んでおきながら「収入が上がらない」などとはお笑いでしかないのである。
収入が少ないと感じるのであれば働けばいいのだ。
同じく学習の時間が少ないと考えるのであれば、勉強をすればいいというわけなのであるが、それを単純に夏休みの短縮に置き換えることは許されないと考える。
これはあくまでも個人的な問題なのであるが、航空会社ではバースデー割引というのがある。
妻も私も8月生まれであり、8月生まれの者は8月の後半しか割引料金が適用されないのである。
それがもし夏休み短縮により5~7日短縮されたとしたら、割引時期に旅行などをすることはできないということになる。
8月後半しか割引しない航空会社も、夏休みを短縮しようとする教育委員会も、8月生まれの者への差別をしているのである(笑)
(冗談であるから真に受けないように^^;)
と、こんなネタを披露してみた。
現在の日本人は休みすぎであるということにそろそろ気がつかなければならない。
ゆとりを持てと言って心にゆとりを持っているだろうか?
土曜日が休みになって子供たちの活動にゆとりがあるのだろうか?
教師は夏休みの使い方がかわったはずなのであるが、そこにもゆとりは?
大人たちの勝手な理由で子供たちの環境を変えることは許されないのである。
投稿者 damian : 2005年11月26日 10:26
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